最高裁判所第三小法廷 平成3年(オ)771号 判決 1995年9月05日
上告人
株式会社東松山カントリークラブ
右代表者代表取締役
伊室一義
右訴訟代理人弁護士
後藤徳司
日浅伸廣
荒木秀治
同訴訟復代理人弁護士
中込一洋
被上告人
山本富治雄
右訴訟代理人弁護士
丸山幸男
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人後藤徳司、同日浅伸廣の上告理由第四点について
被上告人の本件訴えについて確認の利益を認めた原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
同第九点について
一 原審の確定したところによれば、被上告人は、昭和三七年一一月一五日、上告会社との間で、三〇万円の入会金を預託して、上告会社の経営するゴルフクラブである東松山カントリークラブの個人正会員となる入会契約を締結したものである。本件訴訟は、被上告人が上告会社に対し、本件ゴルフクラブの個人正会員の地位を有することの確認を求めるものであるところ、上告会社は、抗弁として、被上告人は昭和四四年一月一日以降本件ゴルフクラブのゴルフ場施設を利用していないから、被上告人のゴルフ会員権は時効により消滅した旨を主張している。
二 原審は、被上告人の有する本件ゴルフクラブの個人正会員としての地位は、いわゆる預託金会員組織のゴルフ会員権に該当し、ゴルフ場施設の優先的利用権、年会費納入等の義務、据置期間経過後に退会に伴って行使し得る預託金返還請求権などの債権債務関係を内容とする契約上の地位であるから、被上告人が長期間会員としての権利を行使せず、あるいは上告会社が被上告人を長期間会員として認めていなかったとしても、被上告人の個人正会員の地位それ自体が消滅時効にかかることはあり得ないとして、上告会社の消滅時効の抗弁を排斥し、被上告人の請求を認容すべきものと判断した。
三 しかし、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
原審の確定した事実関係によれば、被上告人の有する本件ゴルフクラブの個人正会員としての地位は、いわゆる預託金会員組織のゴルフ会員権に該当する債権的契約関係であり、その内容として、会員は、ゴルフクラブ会則に従ってゴルフ場施設を利用し得る権利を有するとともに年会費納入等の義務を負担し、また、入会の際に預託した預託金を会則に定める据置期間の経過後に退会に伴って返還請求することができるというのである。これによれば、右契約関係においては、会員のゴルフ場施設利用権がその基本的な部分を構成するものであるところ、会員は、ゴルフクラブの会員としての資格を有している限り、会則に従ってゴルフ場施設を利用することができ、上告会社は、会員に対してゴルフ場施設を利用可能な状態に保持し、会則に従ってこれを利用させる義務を負うものというべきである。
そうだとすれば、会員がゴルフ場施設の利用をしない状態が継続したとしても、そのことのみによっては会員のゴルフ場施設利用権について消滅時効は進行せず、契約関係に基づく包括的権利としてのゴルフ会員権が消滅することはないが、上告会社が会員に対して除名等を理由にその資格を否定してゴルフ場施設の利用を拒絶し、あるいはゴルフ場施設を閉鎖して会員による利用を不可能な状態としたようなときは、その時点から会員のゴルフ場施設利用権について消滅時効が進行し、右権利が時効により消滅すると、ゴルフ会員権は、その基本的な部分を構成する権利が失われることにより、もはや包括的権利としては存続し得ないものと解するのが相当である。けだし、上告会社において会員の資格を否定することなく、ゴルフ場施設を会員による利用が可能な状態に保持している場合には、上告会社は会員に対し契約に基づく債務の履行をし、会員は右債務の履行を受けているものというべきであるから、そのような状態の下においては、会員のゴルフ場施設利用権について消滅時効が進行する余地はないが、上告会社が会員の資格を否定してゴルフ場施設の利用を拒絶し、あるいは会員によるゴルフ場施設の利用を不可能な状態としたようなときは、上告会社による前記債務の履行状態が消滅し、会員の上告会社に対する権利の行使を妨げるべき事実が生じたものということができ、その時点から消滅時効が進行するもの(民法二九一条参照)と解すべきだからである。
したがって、右に判示したような点について検討することなく、被上告人の個人正会員の地位それ自体が消滅時効にかかることはあり得ないとして上告会社の消滅時効の抗弁を排斥した原審の判断には、法令の解釈適用の誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件については、右の点につき更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。
よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大野正男 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官千種秀夫 裁判官尾崎行信)
上告代理人後藤徳司、同日浅伸廣の上告理由
上告理由第一点
一 被上告人(原告、控訴人)が求めた裁判は、訴状請求の趣旨記載のとおり「被告は原告に対し、原・被告間の昭和三七年一一月一五日ゴルフ会員権契約に基づく権利を有することを確認する」というものであった。しかるに、被上告人は、控訴状において、第一審判決請求の趣旨表示に合わせ原判決表示のとおり「控訴人が東松山カントリークラブの個人正会員の地位を有することを確認する」と控訴(請求)の趣旨を変更した。しかるに、被上告人が訴状で求めた上告人との間の権利(地位)存在確認と右変更による東松山カントリークラブとの間の権利(地位)存在確認とは、権利(地位)の帰属主体が異なるので全く別の訴であり、従って、訴の変更に当るところと云わなければならない。そうなると、右訴の変更には、上告人の同意を要するところ、本件記録上同意が無いことは明らかであるので、原判決には、上告人の同意無くして訴の変更を許容した違法がある。
二 また、被上告人は右のとおり、ゴルフ会員権契約に基づく権利の存在確認を求めていたところであるが、右変更後は、個人正会員の地位の存在確認を求めている。
しかし、上告人にとって、東松山カントリークラブの個人正会員の地位とはいかなる法律上の地位であるか又権利であるのか皆目解らない(後記)。となれば、左記に求めた裁判と変更後に求めた裁判は同一性が無いので、これも一種の訴の変更に当るかもしれない。そうなると、原判決には、前項と同様な違法があると云わなければならない。
三 仮に、被上告人の控訴状の記載は、第一審判決請求の趣旨記載の表示に引きずられたものであって、何等かの理由によって訴の変更に当らないとしよう。しかし、その場合であっても、被上告人が求めた裁判は、上告人との間の権利(地位)存在確認であって、東松山カントリークラブとの間の権利(地位)存在確認ではないので、原判決には、被上告人の求めた裁判以外の裁判を行った違法がある(個人正会員の地位の確認についても同様なことが云えるのではなかろうか)。
上告理由第二点
一 原判決は「控訴人が東松山カントリークラブの個人正会員の地位を有することを確認する」と判示しているところであるが、そのうちの東松山カントリークラブとは、特定性が無く、権利や地位の帰属主体の表示としては不適当であるし、且つ、東松山カントリークラブが権利や地位の帰属主体たり得るものであるか否かの点が全く不明であるまま、東松山カントリークラブを権利や地位の帰属主体とする原判決には、その点の違法がある。
従って、以下詳述する。
二1 通常「某カントリークラブ(ゴルフクラブを含む)」とは、次の三種の意味で使用されている。
① 経営主体である法人たるゴルフ会社の略称(但し、社団法人組織もある)。
② ゴルフ場施設それ自体
③ ゴルフ会社の内部において会員で組織された団体(通常、理事会がおかれている)
従って、東松山カントリークラブとの表示では、右通常の呼称である三種のうちのいずれに該当するものか全く不明であって、その意味で特定性が無い(ちなみに、カントリー名下のゴルフ練習上、ゴルフ用品店、喫茶店、飲み屋等飲食店があることを考えれば、より以上に特定性が無いことになる)。従って、原判示には、一義的でない違法がある。また、東松山カントリークラブとの表示が、右①の略称である場合、結局、上告人のことであるので、これに添うように表示すべきであるし、右②または③の意であるとすると、以下のとおり、いずれも権利や地位の帰属主体たり得ないので、原判決には法律上の権利関係とは云えないものを確認した違法がある。
2 東松山カントリークラブとの表示が、右②ゴルフ場施設それ自体の意である場合。
原判決摘示事実に基づくと「被告会社は、……東松山カントリークラブを経営するものであり、……(第一審判決請求原因1)」と摘示されていることから考えてみると、一般に、ゴルフクラブを経営するとの意はゴルフ場施設それ自体を経営するとの意に用いられるのが通常であるので、原判決主文表示の東松山カントリークラブとは、右②の意に解するのが妥当かもしれない。そうであるとするならば、「ゴルフ場施設自体の会員」とは通称であって、法律上は、経営者たる本人の会員ということになるので、ゴルフ場の会員は法律上存在しない。その点、原判決には、存在しないものの存在を認めた違法がある。
3 右③の団体の意である場合。
通常会員によって結成されているゴルフクラブの性格は、判例上、任意団体と判断されているところ、東松山カントリークラブが任意団体であるならば、その会員とは、母体たるゴルフ会社の会員(ゴルフ会社に対して、ゴルフ契約上の権利を有する者)と法律上は評価される可能性もあるので、原判決には前号と同様の違法がある。
また、仮に、東松山カントリークラブなるクラブが権利能力なき社団等独立の訴訟能力や権利能力が認められる性質のものであるとしよう。その場合、当事者は上告人ではなく、東松山カントリークラブというクラブ(団体)でなければならない。すなわち、原判決には、上告人と関係の無い第三者の権利を確認したという違法がある(ただ、斯様な団体の会員であるとしても、団体に対していかなる権利を有しているのであろうか。後記)。
4 右②と③の意を合せ含む場合。
さらに、東松山カントリークラブとの表示が、ゴルフ場とクラブの両者を含む概念であるとしよう。その場合、原判決には全く特定性が無いし、これ等の地位というのは法律上の地位とは云えないので、原判決には、確認の対象となり得ない地位を確認した違法がある。
三1 ところで、以上は、原判決表示の東松山カントリークラブとは、主文自体において特定性が無く、且つ、権利や地位の主体たり得ない旨主張したところであるが、東松山カントリークラブとの表示は、原判決のその余の部分において特定されていたり、権利や地位の主体となり得べき資格を認められ、ひいては原判決の事実摘示や理由をもって、原判決主文の解釈が補完され得るものであるか否かを念のため検討しておく。
2 原判決主文の東松山カントリークラブとの表示に対応する原判決事実摘示は、原判決が引用する第一審判決請求原因1に「被告会社は……東松山カントリークラブを経営するものであり……」との表示部分にわずかに見られるだけで、その余には全く存在しない。ところで、「被告会社が経営する東松山カントリークラブ」とは、いかなる種類のクラブであって、且つ、被告会社といかなる法律関係にあるのかということは、単に「経営する」とのみ表示したのでは全く理解出来得るところではない。
従って、「被告会社が経営する」という事実摘示そのものが、特定性を有する主張ではないし、且つ、東松山カントリークラブが権利や地位の帰属主体であることを主張する主張であると解するわけにはゆかない。そうなると、原判決は、第一審判決理由を引用し「被告会社が……東松山カントリークラブを経営すること」を争いの無い事実としてこれを肯認しているところであるが、右認定は、東松山カントリークラブというものの性質を特定したものでもないし、権利や地位の主体たり得る資格を認めたものでもない。そして、その余に東松山カントリークラブの内容、性格等を判断している部分は全く無い。とするならば、原判決のその余の部分に、原判決主文を補完する作用を認めるわけにはゆかない(上告人は、斯様な特定性のない東松山カントリークラブの経営を認めているとは云えないので、原判決の争いのない事実との摘示は、疑問である。それに、東松山カントリークラブとの表示がクラブたる団体の意であるならば、会員相互の団体であるので、上告人が経営するとは云えないであろう)。
また、右主張部分が斯様に特定性も無く、且つ、権利や地位の主体たる資格の主張でないとすると、右請求の趣旨に対する請求原因を満たしていない。しかる時、原判決には、当然、釈明権の不行使があるし、判断の遺脱、理由不備、理由齟齬の違法がある。
四 尚、当該上告理由に添随して、原判決には次のとおりの違法があるので、この場を借りて主張しておく。
すなわち、原判決が引用する第一審判決事実摘示請求原因2は「……原告は、藤生との間で、三〇万円の入会金を預託して右ゴルフクラブの個人正会員……としての入会契約を締結した」と摘示する。しかし、右ゴルフクラブとは、前記のとおり、特定性のない東松山カントリークラブの意であろうし、右摘示は、藤生が個人として右契約を行ったのか、それとも、上告人の代理人として行ったかは全く記載がなく、従って、預託金の預託先や入会契約の相手方は誰であるかそれ自体では全く解らない。となると、他の文言すなわち請求原因1と合わせて解すべしとの手法もあるが、上告人が、藤生の個人的行為による権限濫用を抗弁としている以上、斯様な解釈の手法は衡平を失し、被上告人に有利なものとして許されるべきではない。すなわち、右請求原因事実は、預託先も不明であるし、入会契約の相手方も明示していない主張と解さなければならない(例えば、東松山カントリークラブが権利能力なき社団であるとすると、被上告人は斯様な社団の会員となったというのであるから、藤生は第三者のための契約を締結したとも解し得る)。
そして、右事実摘示に対し、原判決は、第一審判決三枚目を引用し、そのままこれを認容しているところである。となると、第一審判決が認めた事実は、預託先や入会契約の相手方不明のままの入会契約の成立である(その後の判示理由をもってして補完し得ない)。しかるに、原判決は三枚目表後から二行目に「以上の認定の事実によれば」と前置きして「控訴人は、被控訴人に三〇万円の入会金を預託して本件契約を締結して東松山カントリークラブの個人正会員の地位を取得した」と判示している。
しかし、右第一審判決からは勿論のこと、原判決判示理由のうちのそれ以前の部分を援用してみても、預託金(注・入会金と預託金は異なる)が上告人に支払われたということや右判旨が上告人を相手方とする入会契約の成立を認める主旨のものであるとすると、これに加担する先行の論理必然的認定部分は存在しない(藤生が上告人の代表者、代理人として行った行為との認定部分もない)。
従って、原判決には、理由齟齬や不備の違法があるところ、主張されていない要件事実を判断した違法や主張を明確にすべき釈明権不行使の違法がある(結局、右判示部分も、東松山カントリークラブの会員の地位を取得したという部分に重点があるのではなかろうか)。
以上、纏めてみると、斯様な原判決の違法は、東松山カントリークラブに関して、その法的性質、上告人との関係及び会員との関係(入会契約との性質)を全く無視して判断したことに原因がある。
上告理由第三点
原判決は「個人正会員の地位」の存在を確認しているところであるが、個人正会員の地位とはいかなる法律上の権利、地位であろうか。一義的に明確であるとは云えない。すなわち、原判決も通説に従い、ゴルフ会員権(但し、原判決は個人正会員の地位と表示しているが)とは、優先的施設利用権、年会費納入等の義務、預託金返還請求権等の総体たる契約上の地位と解している(但し、預託金返還請求権については「据置期間経過後に退会と共に行使しうる」と条件を付している部分は注目すべきである)が、斯様な内容は、何も個人正会員に限ってのものではなく、平日会員、特別平日会員、株主正会員、預託金制正会員のいずれについても当てはまる定義である。
従って、個人正会員とは、法律上一義的な権利や地位として認められている性質のものではなく、いわゆる講学上の地位であって、斯様な地位の確認を求めるとなると、その権利または地位の内容を特定しなければ訴訟物が特定しているとは云えない。
現に被上告人(原告)は、第一審請求の趣旨において「……昭和三七年一一月一五日付ゴルフ会員権契約に基づく権利を有することを確認する」との判決を求めているところ、第一審判決及び原判決は、これを「個人正会員の地位」と解したのであろうが、ゴルフ会員権契約に基づく権利なる訴訟物があるわけではないので、その内容の特定がなければ、個人正会員の地位と云い換えてみても全く同様なことが云える。
従って、原判決には、一義的に明確でない法律上の地位を確認した違法があるし、確認を求める権利や地位の内容を明確にすべき釈明権の不行使の違法がある。
ところで、原判決は、本件入会契約がゴルフ会員としての入会契約であるかの点について明確にこれを検討していない。ただ、判旨を総合すると、斯様に解せられるかなという程度であって、東松山カントリークラブと呼称することによって、当然ゴルフ会員権に関する契約と解しているようである。しかし、東松山カントリークラブの個人正会員と云ってみても、ゴルフ会員権以外の何等かの個人正会員が存在し得る可能性が全く無いわけではなし、カントリークラブを商号とするゴルフ練習上、ゴルフ用具店や飲み屋、コーヒー店、飲食店等もあるので、必ずしも本件入会契約が、ゴルフ会員権に関する契約であるか否かの点を確定しないで、個人正会員が当然にゴルフ会員権上の地位であると云えるわけでもない(第一審事実摘示を引用する原判決事実摘示自体、本件入会契約がゴルフ会員権に関する入会契約であることの記載が無く、東松山カントリークラブがゴルフ場であるのか、入会契約がゴルフ会員権に関する入会契約であるのかの点も全く不明であり、単に「右ゴルフクラブの正会員」と表示しているに過ぎない)。そうなると、被上告人が求めた個人正会員の地位とはいかなる法律上の地位であるのか講学上の権利や地位の確認請求であるとすら云うわけにもゆかないし、原判決がゴルフ会員権の入会契約の成立と認めたとなると、訴訟物もないのにこれを認定した違法があり、その点に関する釈明権の不行使、理由不備齟齬の違法もある(要するに、原判決は「東松山カントリークラブの個人正会員の地位を取得した」と云っているに過ぎず、個人正会員とは、ゴルフ会員権であることを何の理由も無く当然の前提としているのではなかろうか。もっとも、第一審判示理由中、原判決削除部分ではあるが「本件のような預託金会員組織のゴルフ会員権は、……」と判示しているが、あまりにも唐突であって驚かされる)。
上告理由第四点
原判決が認容した「被告会社が経営する東松山カントリークラブ」とは、それが、権利能力なき社団である場合は、前記上告理由第二点の3で述べたとおりであるが、万一、権利や地位の主体となり得る資格が無い場合、その性質は、いずれにしても上告人の内部機関である。しかる時、東松山カントリークラブの個人正会員の地位は、上告人との権利関係(法律関係)の前提となる事項の確認を求めるものであって、確認の利益が無い。従って、原判決には、確認の利益のない事項を認容した違法がある。
上告理由第五点
ゴルフ会員権がゴルフ場施設の優先的利用権、年会費納入義務及び預託金返還請求権の総体たる契約上の地位とされるのは、ゴルフ会社に対してのものである。
原判決が「債権債務関係を内容とする契約上の地位である」と判示しているのもその意であろう。となると、原判決の右判示理由は、被上告人が上告人に対し、斯様な契約上の地位を有することを認定したところと解さなければならないが、斯様な判示理由と原判決が「東松山カントリークラブの個人正会員の地位の存在」をその主文で認容したこととの間には、直接の論理必然的関係は無い。また、右認定は、上告人との間の契約上の地位を認めたものであるから、特段の理由でもない限り、東松山カントリークラブとの間の契約上の地位を認容するわけにはゆかない。ちなみに、上告人の個人正会員や平日会員等が会員となって結成されているのが東松山カントリークラブであって、東松山カントリークラブに対する契約上の地位としての個人正会員等があるわけではない。
それに、実体上も東松山カントリークラブに対する優先的施設利用権、預託金返還請求権、年会費納入義務が会員にあるわけでもないので、東松山カントリークラブに対する契約上の地位との認定は完全な誤認である。従って、原判決には、理由不備、理由齟齬の違法がある。
上告理由第六点
一 原判決は、上告人と入会契約を締結した者は当然、東松山カントリークラブの会員となると解しているようである。ところで、原判決が云う東松山カントリークラブとは、会員で組織されるクラブたる東松山カントリークラブを指称するものであるとしても、権利能力の有無はともかくとして、上告人以外の者である会員によって組織運営されているところであるので上告人以外の団体であることに相違無い。となると、東松山カントリークラブと上告人の同一体性を認めるとしても、法人格や権利能力があるか否かはともかく、別途の団体であることに前記のとおり相違はないので、その間に何等かの説示がなければ、上告人と入会契約を締結したからといって東松山カントリークラブの会員となったと判示することは論理に飛躍があって許されないと考える。
もっとも、原判決は、争いのない事実(斯様な事実摘示が問題であることは前記のとおり)として、東松山カントリークラブは上告人の経営である旨判示しているので、右判示をもって足りると考えているのかもしれないが、仮に、「経営している」としても、別途に団体性が認められるクラブである以上、上告人との入会契約の効力が当然及ぶとは云えない(それに、斯様な会員相互の親睦団体を「上告人が経営している」ということは誤りである)。すなわち、東松山カントリークラブの組織や団体性を検討し、その法的性格や上告人との法律関係を説示したうえ、上告人との入会契約の効力が東松山カントリークラブに及ぶ理を説かない限り、上告人と入会契約を締結したからといって東松山カントリークラブの個人正会員の地位を有すると認めることは許されないと考える。勿論、本件は、後に述べるとおり、あれよあれよと思う間に口頭弁論が終結され、上告人と東松山カントリークラブの関係や東松山カントリークラブの性質については、主張する間もなかった。しかし、この間の事実を抜きにしては、原判決の如き判断は許されないところであるので、その点、これを釈明して明らかにする必要があった。従って、原判決には重大な釈明権不行使の違反がある。
二 同様なことは、消滅時効に関する原判決判示理由についても云える。すなわち、東松山カントリークラブの個人正会員の地位を有するからと云って、何故、上告人に対して、消滅時効の進行が無いのであろうか。上告人と東松山カントリークラブの法律関係を説示しないで斯様なことが云えるはずがない。それとも、原判決は、上告人との入会契約によって東松山カントリークラブの契約上の地位を取得すると本当に解しているのであろうか。契約上の地位とは、特段の事由でもない限り、契約の当事者である上告人に対する法律関係であると考える(仮に、上告人が東松山カントリークラブを経営するからと云って、当然に東松山カントリークラブの個人正会員の地位を取得するものではない)。もう一度繰り返すことになるが、会員とは、東松山カントリークラブに対し、権利義務を有するものではなく、上告人に対し、ゴルフ契約上の権利義務を有するところである。
もっとも、通常、上告人の個人正会員との呼称はないが、斯様な点から考えてみると、いずれにしても、東松山カントリークラブの法的性質や上告人との関係の不釈明が目立つところであって、あるいは、請求の趣旨の方向として、被上告人がゴルフ会員権契約上の権利の確認を求めたことは正しかったのかもしれない。
三 ところで、未だ主張された事実ではないが、念のため、団体たる東松山カントリークラブの組織等について述べておく。
東松山カントリークラブは、構成員を会員とし、会員総会において選出された二〇数名の理事によって構成された理事会の意思決定に基づき運営されている(尚、理事会は理事長を互選し、理事長は対外的業務を含む団体の業務を行う)。さらに、東松山カントリークラブには各委員会が設置され、各委員会で検討された事項は、理事会に上提される。そして、理事会で決定された事項は、法的にはともかく、会社たる上告人の意思に優越し、会社は理事会の意向を遵守する。従って、東松山カントリークラブの団体性は強度であり、権利能力なき社団と認められる可能性も充分にある(ゴルフ界においては、会員によって運営されているゴルフ場として有名である)。
また、上告人は、昭和四一年頃倒産したが、その頃の会員有志によって再建され、これ等有志が上告人の株主となったため、正会員は全て株主会員であって、預託金制度の正会員は、少なくとも、再建後は、認められていない。
加えて、東松山カントリークラブの正会員となるには、前記理事会の承認が必要である(この間のことについては不鮮明であるが、上告人の平成二年二月二〇日付準備書面第一項括弧書の中で触れておいた)。従って、会員権を取得したものであっても、理事会の承認がなければ、会員の資格を取得出来ない。以上、簡単に述べておく(上告人が斯様な事実を論点としなかったのは、被上告人の主張が上告人との入会契約であり、且つ、求めた裁判が上告人との間の権利存在確認と解したからである)。
(注)上告人は、これまで原判決の認定について、入会契約の効力は、上告人と被上告人間に生ずるところと判断しているものと善意に解していた。ところが、良く読んで見ると、原判決は、入会契約の効力は、東松山カントリークラブという会員の団体に帰属し、同クラブに対して契約上の地位を有していると考えているのではなかろうかとの疑問を抱くようになった。仮に原判決が斯様に考えているならば、それは完全な間違いであると考える。そうすると、東松山カントリークラブの会員との通称もないことはないが、個人正会員の地位というのが、契約上の地位であるとすると東松山カントリークラブに対する契約上の地位があるという確認は明らかにおかしい。上告人の個人正会員や平日会員が集って構成されたのが、クラブたる東松山カントリークラブである。
上告理由第七点
一 原審の口頭弁論調書(平成二年一二月一九日付)によると、上告人が答弁書を陳述したことが明らかである。
一方、上告人の平成二年一二月七日付答弁書には、その第二項に被控訴人の主張として「被控訴人の主張は、原審準備書面記載のとおり」と明記されている。
ところで、上告人が原審において斯様な答弁を行ったのは、左記の事由に基づくところであり、答弁書にわざわざ斯様な主張を明記したことは異例の主張といえ、裁判所においても充分注意しなければならない。即ち、
イ 第一審判決事実摘示第二ノ一ノ1に「被告会社は、……東松山カントリークラブを経営するもの……」と表示され、これに対する上告人の答弁が「認める」と表示されているところであるが、被上告人(原告)の主張をもってしても「東松山カントリークラブ」が上告人の経営にかかる等という主張はないし、且つ、東松山カントリークラブなる表示は、前記の通り特定性が無いばかりか、仮に、東松山カントリークラブとの表示が、クラブたる団体を示すものであったとしても、右団体は、会員によって組織されているので「会社の経営」とは云えず、右事実を上告人は認めていないこと
ロ 上告人(被告)は、平成二年二月二〇日付準備書面第二、三項において、権利消滅事由として「会員の地位の喪失」と「会員として扱われておらず、且つ権利も不行使であること」を主張しているとろであるが、第一審は右主張を摘示しておらず、判断もしていないので、判決に判断の遺脱があること
であるが、さらに、第一審判決が入会契約の成立を認めながら、いきなり消滅時効を認容しているので、その点を疑問として、わざわざ原審において右答弁書のとおりの陳述を行ったところであるし、第一審判決表示の請求の趣旨にも前記のとおり疑問をもったからに他ならない。すなわち、上告人は、第一審準備書面記載のとおり、原審において「少なくとも、一旦は」主張したことは記録上明らかである。
二 これに対し、右答弁書に反する如く、右口頭弁論調書には「原判決(第一審判決)事実摘示のとおり」との記載も見られる。しかるとき、右相矛盾する調書の記載をいかに解すべきかということになるが、上告人が前記の特段の事由の下に、答弁書二項においてわざわざ陳述し、その理由に関しても合理的なものがある以上、上告人の意思を擬制するなどして後の陳述において、前の陳述を撤回した等という判断は軽々に許されるべきではなく、上告人としては、前記イロ点を争点としてその判断を求めたものであるから、右二点に関する判断が為されていない限り、判断遺脱の違法があると云うべきである。
しかし、仮に百歩譲るとしても、特に答弁書において、前記のとおり記載したことは異例の主張として見過ごすべきではないので、釈明をしてその点を明確にすべきところ、これが為されていないので原判決には釈明権不行使の違法がある。
尚、上告人には、第一審において消滅時効の主張をしているところであるが、右主張は「一旦は、被告の会員の地位を取得したとしても」と仮定的な主張を前提としてその喪失を主張していることからも、単にプレーをしなかったり、会員として扱わなかったからということのみを事由として、消滅時効を主張するものでないことは明らかであろう。
上告理由第八点
一 上告人は、第一審において、平成二年二月二〇日付準備書面を陳述したうえ、これに対する被上告人の答弁を待って立証に移る予定であった(特に、甲第三号証の一、二について)。被上告人の答弁は、平成二年六月一二日に為されたが、第一審裁判所は同日結審を言渡し、上告人は不安ながら(その不安は、原審答弁書第二項の主張ともなったところである)立証の機会も与えられなかった。
二 第一審判決は、上告人勝訴に終わったが、その判決には大いに疑問があったため、答弁書第二項のとおり「被控訴人の主張は、原審準備書面記載のとおり」との異例の陳述を行った。そして、原審において上告人の第一審における平成二年二月二〇日付準備書面記載の事実の主張(陳述済)を整理すると共に新しい抗告を主張すべく平成二年一二月七日付準備書面第三項、第四項を提出した。しかし、原審裁判所は、右準備書面の陳述を認めず(形式上は上告人が陳述しなかったとされるが、その実体は、陳述を許されなかったものである)、同日結審を言渡した。従って、上告人にとって甲第三号証の一、二やその余の立証の機会も与えられず、あれよあれよという間の結審となってしまった。ところで、上告人の平成二年一二月七日付準備書面には陳述されていないとはいえ「入会契約の存在を前提とする以上、単なる不行使は消滅時効の要件となるものでない」旨、相手方の立場にありながらわざわざ被上告人有利の法律論を展開し、これに対する特段の事由として、第三、四項の抗弁が主張されている。
すなわち、原判決に照らしてみても、判決に影響がおよぼすと客観的にも思われる「会員資格の喪失、被上告人のこれに対する承認権利の不行使と不服扱および権利濫用(二〇年も経た後の請求であるから筋の通らぬ主張とも思われない)等」の抗弁を主張した。そして、原判決は、右準備書面に関する限り、上告人に不利な主張のみを採用した結果となっている。ところで、上告人は、自身に不利な右主張をしたこともあるし、第一審判決についても勝訴したとはいえ疑問を抱いていたので、原審口頭弁論終結後ではあるが、第一審の上告人の平成二年二月二〇日付準備書面記載の陳述もあることなので、平成二年一二月二五日付準備書面を提出した。すなわち、抗弁について判断してほしい旨の主張である。
三 上告人としては、入会契約の存在を前提とする以上、消滅時効の抗弁が単純に認容されるとも思われず、さりとて抗弁を主張しても陳述を許さない裁判所の訴訟指揮がどうにも理解出来ず、不安を感じたからに他ならない。しかし、上告人としては、重要な抗弁が主張されているにも拘らず、その陳述や証拠調べの機会が与えられないということは、上告理由第九点で記載する考え方とも合わせて、第一審判決の如き判断も有り得るのかなと推測もした(尚、会員でないというためには、会員の地位喪失等の抗弁で充分であるが、斯様な確認ではさらに会員権を有することを前提として入会請求が為され得る可能性があるので、会員権自体の消滅時効まで将来予想される争いを断つべく主張したところである)。そして、斯様な上告人の不安は、陳述されていないとは言え良く上告人の原審における準備書面に顕現されているところと考えるし、原審における前記答弁書第二項、平成二年一二月七日、同年一二月二五日付準備書面から、重要な抗弁の陳述が裁判所によって許されなかったことは明白であり、原審判決には訴訟指揮権の濫用や裁判を受ける権利に対する侵害の違法があると云わなければならない。
また、上告人の主張は、特段の事由と明記されているのであるから、少なくとも釈明権を行使して、その審理の対象とすべき必要性があるか否かを明白にすべきである。
従って、原判決には、釈明権不行使および審理不盡の違法もある。
四 また、原判決は、上告人の右抗弁の判断をいずれも実質上遺脱しているにも拘らず、上告人の抗弁の主張の一部に過ぎない甲第三号証の一、二について上告人に立証の機会も与えることなく判断し、上告人の「暫定処置ないし一年限り」の抗弁の一部を否認している。しかし、甲第三号証の一、二は、被上告人においては、会員の証として提出されたところであるが、上告人にとってみれば、甲第三号証の一、二は、抗弁としての特段の事由の証であると主張しているところであるから、立証を怠ったのであればともかく、抗弁の陳述も許されないし、立証の機会も与えないで甲第三号証の一、二の判断を行うことは不意打以外の何ものでもない。しかも、上告人の抗弁の一部にしか過ぎない点を甲第三号証の一、二をもって否認し、実質、上告人の幻の抗弁全部を事実摘示もしないで否認しているところである。
すなわち、右判断に徴してみても、万一、甲第三号証の一、二について、上告人の立証が尽くされ、甲第三号証の一、二が「暫定的処置および一年限り」の会員の証明であるとするならば、被上告人は、昭和四三年度限りで会員の地位を喪失したと云え、原判決の判断は逆転した可能性があることをかえって明示し、上告人の前記抗弁がいかに重要なものかを浮き彫りにしたのも同様である。すなわち、原判決には、審理不尽の違法がある(また、甲第三号証の一、二につき「暫定的処置および一年限り」の点について判断していることは、少なくとも、上告人の第一審平成二年二月二〇日付準備書面は、原審答弁書第二項によって陳述されたと認めるべきではなかろうか)。すなわち、上告人の倒産時、再建の過程における特段の処置を少なくとも主張させ立証の機会を与えるべきである。そして、裁判もあまりにも不親切にすぎると訴訟指揮権の濫用の謗りを免れない。特に本件は釈明権の不行使等によって上告人の防御権を実質上侵害するところである。
上告理由第九点
一 原判決判示理由によると「個人正会員の地位は……、契約上の地位であるから、……それ自体が消滅時効にかかることはあり得ない。」と断定しているところである。しかし、「契約上の地位」であるからと云って、何故に消滅時効にかからないのであろうか。原判決における右判示理由部分は、理由にならない理由を付して判断していると云わなければならない。
ちなみに、原判決も認めているとおり、預託金制ゴルフ会員権(以下、会員権という)の内容は、優先的施設利用権、預託金返還請求権及び年会費納入義務などの債権債務関係であり、斯様な債権債務関係を総合して契約上の地位と呼んでいるに過ぎない。すなわち、賃貸借契約における債権債務関係を総合して、賃貸借契約上の地位と呼ぶことと何等変りはなく、右判示理由は「賃貸借契約上の地位であるから、消滅時効にかからない」と判示しているに均しい。
二 かえって、原判決は、会員権を契約上の地位すなわち債権債務関係の総体としているのであるから、斯様な前提に立てば、会員の地位と云っても、請求権(形成権は含まれないと思う)の総体として、原則的には、消滅時効にかかるが、仮に、消滅時効にかからないとすれば特段の事由として消滅時効にかからない特別の事由を判示すべきではないかと考える。けだし、請求権の総体であるならば、消滅時効の適用があることが原則であって、消滅時効の適用がないとすれば、例外であるからである。少なくとも、請求権であることを認めながら、これを契約上の地位と呼び替えただけで、消滅時効の適用を否認することは許されるところではない。従って、右判示理由には、理由不備、理由齟齬の違法がある(それとも、契約上の地位ということに、特別の意味があるのであろうか)。
三1 ところで、右のとおり、原判決の判示理由は納得の出来るところではないが、原判決判示理由のうち、「個人正会員の地位にある以上、消滅時効にかからない」旨の判示部分は正しい側面がある。そこで、会員の地位がある以上、何故、消滅時効の進行が無いのかその理由を検討してみたい。
結論から先に云うと、結局、原判決も優先的施設利用権について認めているとおり、「会員の地位とは常時有するものである」からと云うことになろう。となると、「常時有するもの」とは、いかなる概念であるかを当然検討してみなければならない。
2 そこで、検討してみるに「常時有するもの」とは、消滅時効を意識した文言であり、結局は、会員の地位にあるという事実状態を示すところであるから、次の二つの概念に要約し得るように思われる。
(イ) 会員側に存する事由
絶えず会員としての諸権利を行使していて、権利行使の最中といえ、絶え間なく権利関係が明示であるので、消滅時効を適用する実質的理由がないこと(賃借物を使用している状況と類似する)
(ロ) ゴルフ会社側に存する事由
絶えず会員として扱っているので、ゴルフ会社は会員に絶えず民法一四七条の承認を行っている関係にあって、常時、時効の中断事由があること
すなわち、会員が常時権利を行使していれば、前記(ロ)の事由を問う必要もなく(イ)の事由だけで消滅時効は進行しないし、仮に、永続的に権利を行使していないとしても、ゴルフ会社側が会員として扱っていれば、民法一四七条の承認の連続であるので消滅時効は絶えず中断されているという状態である。そして、斯様な側面は、賃貸借契約において賃借人が賃借物を使用していない場合と全く同様である。
すなわち、賃借人が常時賃借物を使用していれば、消滅時効は進行しないし、反面、使用していなくても賃貸人が賃借人を絶えず賃借人として扱っていれば消滅時効は絶えず中断によって完成しない。
3 となると、「常時有するもの」とは、右(イ)(ロ)の事由のいずれかを満たす場合ということになるが、これに対する反対解釈として、右(イ)(ロ)の事由のいずれも無い場合は、少なくとも会員の地位と云えども消滅時効にかかり得る可能性がある場合があると云わなければならない(但し、会員の地位という特別なものがあるわけではないから、会員の地位だけが消滅するのではなく、会員権そのものが消滅する。以下、同じ)。
四 となると、次に提起される問題は「常時有するもの」と云えない場合とは、いかなる場合であろうかということであるが、それは「常時有するもの」の反対概念と解されるから、前記(イ)(ロ)のいずれの事由もなく、両者間に「会員の地位」に基づく何等の交渉もない静止の事実状態が永続している場合であるということになろう。すなわち、(A)会員が永続的に権利を行使せず、絶えず実体上の権利と事実状態が合致していることの提示が無いことと、(B)ゴルフ会社側の時効中断事由たる承認のない状態が永続していることである。言い換えれば、会員が権利を永続的に行使せず、且つ、ゴルフ会社側も会員を永続的に会員として扱っていない場合は「常時有するもの」とは云えず、本来、請求権の総体たる会員権は、消滅時効にかかる可能性がある。
すなわち、原判決判示理由は「常時有するもの」と云える場合は、正しい側面を判示するところであるが、「常時有するもの」とは云えない具体的事由の下では、さらに検討の余地があるということになろう。それとも、原判決は「会員の地位」を有する以上、法律上当然に「常時有するもの」と考えているのであろうか。
五 そこで、余談となるが、必要な限度において株主権と対比して考えてみたい。
不正確ではあるが、株主権とは、企業に対する割合的権利であり、その意味で企業に対する所有権的、物権的権利であって、株主の地位は、株主権の内容たる具体的権利を超えて外に「常時有するもの」であり、消滅時効にかかることはない。云い換えてみるならば、株主権に伴う債権関係は、斯様な株主の地位を源流として付随して派生するところである。しかし、会員権は、原判決も認めるとおり、単なる債権債務関係の総体たる契約上の地位であって、それ以上のものではない。従って、株主たる地位は、企業に対する所有権的、物権的なものを根拠として当然に「常時有するもの」と云えるが、会員の地位には、斯様な源流となりえるものが無く、単なる債権債務の総体として、これ等の権利(会員の地位)を当然に「常時有するもの」ではない。
すなわち、株主権の物権的な面と会員権の債権的側面の相違である。実質的にも、原判決判示理由をそのまま援用すると、会員の地位を取得した以上、退会しなければ、百年過ぎても二百年経っても消滅時効にかかることはあり得ないということになるが、会員やその相続人も権利を行使していないし、ゴルフ場も会員として扱っていない事実状態が百年二百年と永続しているにも拘らず、「常時有するもの」として消滅時効が進行しないというのではあまりにも常識に反するであろう。
それに、会員の地位が請求権の総体であって、会員の地位という特別の法律上の権利や地位があるわけではないので、会員の地位といってみても、債権債務関係の別称に過ぎないから、会員の地位を有するからといって当然に「常時有するもの」と云えるわけではない。
以上、会員の地位があるからと云って、当然「常時有するもの」とは云えず、「常時有するもの」と云えない場合が、会員の地位には、前記のとおり、存在し得る可能性があると云わなければならない。従って、その点についても、原判決には、理由不備や法律の解釈を誤った違法がある。
六1 そうなると、「常時有するもの」と云えない場合に、消滅時効制度の存在理由との関連において会員の地位につき、消滅時効の適用があるか否かを検討する必要がある。そして、「常時有するもの」と云えない場合とは、前記のとおり(A)(B)すなわち、会員権が永続的に行使されておらず、且つ、会員として永続的に扱われていない事実状態が存在している場合であるが、そうなると、原判決は、その点は消滅時効に関係が無い旨判示しているところであるので、はたして斯様に云えるか否かを検討してみたい。
2 ところで、消滅時効の存在理由の第一点は、債権消滅事由の立証の困難を救済するにある。そして、(A)(B)の事由が併存するとすると何等かの債権消滅原因(会員の地位の消滅原因)があったことを推測することが可能であるが、斯様な事実状態が永続することによってその理由の立証は極めて困難となることは疑問の余地がない。従って、(A)(B)の事由がある場合、消滅時効の存在理由中の右点に添うところである。また、斯様な静止状態を尊重することは、法律関係を安定させることにもなるし、権利の上に眠れる者を保護しないという時効制度の存在理由にも添うところであり、且つ、債権者と債務者の公平という観点においても衡平を失することはない(消滅時効制度を追及すると、深みにはまるのでこの程度にしておく)。
3 また、形式的にも前記のとおり、ゴルフ場を使用することによる不断の権利の証明もないし、時効中断事由たる承認もないので、会員の地位を分析すると請求権である以上、消滅時効の適用を否認するいわれもない。しかりとすれば、本件において、前記(A)(B)の用件がいづれも同時に存在していることは明白であるので、少なくとも、被上告人の会員の地位の消滅時効が認容される可能性があり、その点を判断していない原判決には、判断の遺脱、理由不備および法律の解釈を誤った違法がある。
七 以上、総合すると、会員の地位とは、債権債務関係の別称であって、法律上会員の地位という特別の地位や権利を有するものではないので、原判決判示理由の「会員の地位にあることによって常時有するもの」とは、結局「ゴルフ会員権の内容たる債権債務を有している」ということと同義であって、「斯様な債権債務を常時有するもの」ということになってしまうから、「常時有するもの」とは、賃貸借契約と同様に債権者(賃借人)が賃貸物を使用していたり、債務者(賃貸人)が絶えず、賃借権の存在を承認しているなどの事実状態を指称するものである。即ち、会員権にあっては、「常時有するもの」とは、会員権を常時行使している状態や会員として扱われている事実状態を云うところであって、会員の地位から、絶えず、ゴルフ会員権上の権利が法律上当然に発生しているという概念ではないので、斯様な事実状態に反する状態即ち、「常時有するもの」と云えない場合は有り得ることになり(前記A、B)、斯様な場合には、会員の地位(会員権)も消滅時効にかかり得るということになる。その点、株主権を同様な会員権という特別の地位があるわけではないので、明らかに会員の地位を喪失したり、退会していない場合であっても、債権債務関係たる会員の地位は、請求権として消滅時効にかかり得ることになるので、原判決には法律の解釈を誤った違法があることになる。
(注)
一1 原判決は、ゴルフ会員権の内容たる債権債務関係以外に会員には「会員の地位」という特別の法律上の地位や権利があるごとく誤解しているのではなかろうかと思われる節がある。しかし、何回も繰り返すようではあるが、入会契約によって取得されるものは、ゴルフ会員権の内容である債権債務関係たる契約上の地位であって、その余に会員の地位を取得するものではなく、会員の地位とは、斯様な契約上の地位を呼び替えたに過ぎない。したがって、入会契約をゴルフ場施設契約と命名し、その際、預託金が支払われるなどその余の債権債務が伴うところと解しても何等かまわない。また、原判決は、会員の地位は、東松山カントリークラブに対するものであると解しているようであるが、入会契約とは、上告人と為されているところであるので、その効力は、上告人に帰属し、ゴルフ会員権の内容たる契約上の地位を東松山カントリークラブに対して有するものでないことは前記のとおりである。したがって、東松山カントリークラブの会員の地位にあるため消滅時効にかからない旨、判示している原判決は、その点においても問題であるが、カッコ書きをもって付言した部分を纏めてみると、会員の地位は消滅時効にかからないが、別個に預託金返還請求権は消滅時効にかかり得ると判示した部分は誠に気になるところである。けだし、預託金返還請求権とはゴルフ会員権の中心的権利であるので会員権そのものであるし、預託金返還請求権のみが消滅して優先的施設利用権が消滅しない場合があるとも思われないので、ゴルフ会員権に関する二つの中心的権利が消滅した以上、会員の地位が消滅しないということは有り得ないことであるからである。
2 すなわち、会員の地位が、預託金返還請求権や優先的施設利用権の外にあるものであるならば、これ等の権利が消滅時効にかかったとしても会員の地位は、かからないということに矛盾はない。しかし、これ等の権利が会員の地位そのものであり、且つ、中心的権利である場合、法律上の運命を別途にするということは絶対に有り得ない。したがって、原判決には、前記のとおり、基本的部分の誤解があるのではなかろうかと思われるところであるが、預託金返還請求権だけが消滅時効にかかりながら、優先的施設利用権がかからない場合があるのであろうかという点である。そこで、以下検討してみるに、退会している場合は、当然、優先的施設利用権もないし(潜在化している)、預託金返還請求権を行使し得る状態にあるので(顕在化している)、預託金返還請求権と優先的施設利用権は同時に消滅時効にかかり、会員権そのものが消滅時効にかかる(その結果、再度、入会の請求はできない)。また、前記の「常時有するもの」と云えない事実状態にある場合にも、右二つの権利が別途の運命に従うべきだという特段の事由もないので同様である(この場合も、会員として扱われていないのであるから、退会の意思表示をすることなく預託金返還請求権を行使し得ると考える)。しかる時、預託金返還請求権と優先的施設利用権が消滅時効につき別途の運命に服する場合があることは全く考えられない。
そして、ゴルフ会員権にとって、これ等の権利は不可欠の重要な権利であるので、会員権そのものが消滅時効にかかると云わなければならない。となると、原判決には、その点の解釈を誤った違法がある。
二 ゴルフ会員権に関する契約は、いわゆる継続的契約関係であるから、その消滅時効は、継続的契約関係の消滅時効という問題に置き換えられる。そして、斯様な継続的契約関係もいわゆる契約上の地位であるが、契約上の地位があるからと云って消滅時効にかからないとは云えないし、勿論当然に「常時有するもの」とは云えず、「常時有するもの」と云えるのは当事者が絶えず権利を行使したり、絶えず相手方を債権者として扱ってこれを承認している事実状態にある場合である。すなわち、斯様な場合は、常に権利行使の状態であったり、絶えず時効中断事由が提供されているので消滅時効の進行もないし、完成もないのである。斯様な理は、会員権についても殆ど当てはまると云って良い。すなわち、継続的契約関係における「常時有するもの」とは、株主権などと異なり、事実状態に過ぎないのであるから、斯様な事実状態にない場合は、継続的契約関係といえども消滅時効にかかり得るところである。しかる時、原判決には、斯様な点を看過した違法がある。
三 会員が永続的に会員権上の権利を行使せず、且つ、ゴルフ会社も会員として扱っていない場合は、退会したとまでは云えなくても、少なくとも、預託金返還請求権は、何日にても行使しうる状態にあると云っても良いのではなかろうか。そうであるとするならば、斯様な点からも消滅時効の適用が考えられ得るところであり、東京地方裁判所平成元年九月二六日判決(判タ七一八号一二七頁の判旨)も同旨と思われる。
ちなみに、預託金返還請求権は、退会の意思表示と共に為されなければならないことはなく、別途に為し得るが、預託金が返還されれば会員権を喪失するという関係にある。したがって、退会と共に為し得るというのは、預託金返還請求権の一つの場合であって、預託金返還請求権は、その意味で何日にても行使でき、ただ、行使した以上、優先的施設利用権も消滅するし、当然、退会の効力が生じ、会員権が消滅するということになるのである。したがって、建物賃貸借契約における敷金や補償金返還請求権の如く、明渡と引損給付であったり、明渡が先履行の関係にあるというのではない。したがって、預託金返還請求権を行使すれば退会の効力が生ずるというに過ぎないものを退会と共にしか行使し得ない権利と考えているならば、それは疑問であって、正確には、退会と共に行使することが出来るというに過ぎない。しかる時、消滅時効に関しても、斯様な考え方を前提に置かなければならない。
となれば、預託金返還請求権は、前記のとおり、何時にても行使し得る権利である(但し、据置期間経過後であることを要し、且つその行使によって、退会の効力が生じ会員権が消滅する)。したがって、寄託物返還請求権と同様に預託金返還請求権には据置期間経過時からという条件はあるものの、消滅時効の進行が考えられるところであるが、通常は、ゴルフ会社において、会員として扱っているので、常時時効中断が継続しているとも考えられる。しかし、本件の如く、被上告人の権利の行使や会員としての取扱がいづれも永続的に為されていない場合は、斯様に考えると消滅時効にかかり得るところである。そして、斯様な立場に立てば、破棄自判も本件においては、為し得る。
四 これは余談であるが、上告人は、昭和四一年会社法上の整理会社となり、二〇万円を供出した会員有志を株主会員として再建された。したがって、その際、再建資金を出資しなかった会員も何百名も居たところであるが、これ等の会員の殆どは、その意思を推測するに会員であることを当時から、または時間の経過と共にあきらめているという状況である。そして、斯様な感覚こそ常識というものであり、二〇年以上も経過した今日、かつて、会員になったことがあるからと云って未だその存在を認めることは、いかにも常識に反するところである。そこには、株主権とは全く異なる面があることを忘れてはならない。
五 東松山カントリークラブがゴルフ場施設自体の意に用いられた例として仮処分決定を添付する。
(添付書類省略)